2023年4月から、中小企業での月60時間を超える時間外労働について、割増賃金率の最低ラインが25%から50%に引き上げられます。就業規則の変更など最低限の対応をおこなうのはもちろんですが、これを機に時間外労働時間数を見直さなければ、とお考えの企業も多いのではないでしょうか。

本記事では、割増賃金率引き上げの詳しい内容から、具体的な計算方法、必要な準備についてまとめて紹介していきます。

割増賃金率引き上げの経緯

参照:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/roukikaitei/index.html

今回の割増賃金率の引上げは、2010年に施行された「改正労働基準法」が基となっています。この改正のうち「法定割増賃金率の引き上げ」と「代替休暇制度の創設」については「必ずしも経営体力が高いわけではない」ことを考慮し、中小企業に対しては適用を猶予する措置がとられていました。(大企業は2010年4月1日から既に引き上げ・適用済)

2019年4月以降、順次施行されている「働き方改革改正法」で、この猶予措置の終了日が2023年3月末と決定されたため、2023年4月からは大企業と同様、中小企業にも「法定割増賃金率の引き上げ」「代替休暇制度の創設」が適用されることになりました。

改正内容

時間外労働
月60時間以下月60時間超
2023年3月31日まで2023年4月1日から
大企業25%以上50%以上50%以上
中小企業25%以上25%以上50%以上

猶予措置の対象だった中小企業

※事業場単位ではなく、企業単位で判断されます。
※①②どちらかに当てはまる場合に中小企業と判断されます。

業種①資本金の額または出資の総額②常時使用する労働者数
小売業5,000万円以下50人以下
サービス業5,000万円以下100人以下
卸売業1億円以下100人以下
その他3億円以下300人以下
参考:https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/kantoku/dl/091214-2_04.pdf

割増賃金率引き上げの趣旨

時間外労働に対する割増賃金の支払は、通常の勤務時間とは異なる特別の労働に対する労働者への補償を行うとともに、使用者に対し経済的負担を課すことによって時間外労働を抑制することを目的とするものです。一方、少子高齢化が進行し労働力人口が減少する中で、子育て世代の男性を中心に、長時間にわたり労働する労働者の割合が高い水準で推移しており、労働者が健康を保持しながら労働以外の生活のための時間を確保して働くことができるよう労働環境を整備することが重要な課題となっています。

引用:https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/kantoku/dl/091214-2_04.pdf

この割増賃金に関連する改正は「労働者の健康保持」や「労働以外の私生活の時間を確保しながら働ける環境作り」を重要視したものとなっています。

改正内容が議論されていた2008年当時の総務省統計局「労働力調査」では、法定時間外労働の限度時間を大きく超える「週労働時間60時間以上の雇用者」の割合が全体で10.0%、子育て世代の男性では20.0%となっており、仕事と生活の調和がとれた社会を実現するための労働環境を整備することが重要な課題となっていました。

政府はこの「週労働時間60時間以上の雇用者」の割合を2020年までに5.0%にすることを目標に長時間労働を抑制する取組を推進し、2020年には目標に近い5.1%まで減少しました。2021年には新たな目標として「週労働時間40 時間以上の雇用者のうち、 週労働時間 60時間以上の雇用者の割合」を、2020年の9%から5%以下にする(2025年まで)ことを決定しています。

参照:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000138529.html

割増賃金率とは?

第三十七条 使用者が、第三十三条又は前条第一項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし、当該延長して労働させた時間が一箇月について六十時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の五割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。

引用:【労働基準法37条】https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=322AC0000000049

割増賃金率とは、割増賃金の一つひとつに設定された割増率のことをいいます。割増賃金には一般的に ”時間外手当(残業手当)”  “休日手当”  “深夜手当”と呼ばれる3種類があり、今回割増率が引き上げられるのは”時間外手当”の一部です。

他の割増賃金と条件が重複する場合は、それぞれの割増率を合計した割増賃金の支払いが必要となります。(例)深夜に法定時間を超えて労働させた場合は25%+25%=50%以上

割増賃金一覧

種類条件割増率
時間外手当法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えたとき25%以上
時間外労働が1ヶ月60時間を超えたとき50%以上
休日手当法定休日(週1日)に勤務させたとき35%以上
深夜手当22時から5時までの間に勤務させたとき25%以上

割増賃金率引き上げ後の計算方法

「割増賃金の基礎となる賃金」の考えかた

割増賃金の計算は、まずその基礎となる「1時間あたりの賃金」を算出することから始めます。このとき、月決めで支給される手当(精勤手当、資格手当、役付手当など)や、一律で支給される手当(通勤距離に関わらず一律300円の通勤手当、賃貸2万円/持家1万円の住宅手当など)は「割増賃金の基礎となる賃金」の計算に含めなければいけませんが、以下のような手当は含めずに計算します。

割増賃金の基礎となる賃金に含まないもの

家族手当・扶養手当・子女教育手当・通勤手当・別居手当・単身赴任手当・住宅手当・臨時の手当(結婚手当、出産手当、大入り袋)など、家族数、通勤距離や家賃に応じて支給するもの。

参照:https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-roudoukyoku/content/contents/000501860.pdf

例えば、下記のような内訳で賃金が支払われていて、住宅手当と通勤手当が家賃・通勤距離に応じて支給されている場合、支払われる賃金の合計は33万円となっていますが、割増賃金の基礎となる賃金は28万円ということになります。

支給項目金額備考
基本給260,000円
役職手当20,000円月極で支給のもの
住宅手当30,000円家賃に応じて支給のもの
通勤手当20,000円通勤距離に応じて支給のもの
合計賃金額330,000円
割増賃金の基礎となる賃金280,000円住宅手当・通勤手当を除く

1時間あたりの基礎賃金を算出する

給与体系ごとの1時間あたりの基礎賃金算出方法は以下のとおりです。

給与体系1時間あたりの基礎賃金
時給制の場合時給+手当(月額)÷1ヶ月の平均所定労働時間
日給制の場合日給÷1日の所定労働時間+手当(月額)÷1ヶ月の平均所定労働時間
月給制の場合{月給+手当(月額)}÷1ヶ月の平均所定労働時間
参考:https://jsite.mhlw.go.jp/osaka-roudoukyoku/hourei_seido_tetsuzuki/roudoukijun_keiyaku/hourei_seido/jikan2/warimasi.html

1ヶ月の平均所定労働時間…1年間における所定労働時間を12で割ったもの。
1ヶ月の平均所定労働時間=(365日または366日-所定休日日数)×1日の所定労働時間数÷12ヶ月

時給制であっても「1時間当たりの賃金」は「時給」とイコールではありません。月決めで支払われる手当がある場合は、その手当の月額を「1ヶ月の平均所定労働時間」で割って、1時間あたりの賃金の計算に加えます。

例えば時給800円で、皆勤手当(月額)が6,500円、1ヶ月の平均所定労働時間が162.5時間の場合は
時給800円+皆勤手当6,500円÷1ヶ月の平均所定労働時間162.5時間=840円
となり、「1時間あたりの賃金」は840円になります。

割増賃金率引き上げ前後の比較

以下の条件で、割増賃金率改正前後の割増賃金を比較してみましょう

基本給+月決め手当:28万円
1ヶ月の年平均所定労働時間:162時間
月の残業時間:80時間

この場合の1時間当たりの賃金は1,728円です。
280,000円÷162=1728.3950…
※円未満の端数が生じた場合は50銭未満を切り捨て、50銭以上を切り上げ

改正前の割増賃金率25%で計算すると、割増賃金は34,560円
1,728×0.25×80=34,560

改正後の割増賃金率で計算すると、
残業時間80時間のうち60時間は25%割増、20時間が50%割増となるため
(1,728×0.25×60)+(1,728×0.5×20)=43,200
割増賃金は43,200円となり、改正前の34,560円と比較すると8,640円の差が生まれます。

割増賃金率引き上げまでに必要な準備とは       

2023年4月に向けて、中小企業ではどんな準備が必要なのでしょうか?時間外労働の実態を把握する事はもちろんですが、現時点で月60時間を超える従業員がいない場合でも、しておくべき準備がありますので確認しておきましょう。

①労働時間の把握
②就業規則の変更
③給与計算方法の変更
④代替休暇制度の検討と運用の準備
⑤業務効率化の検討

①労働時間の把握

まずは自社従業員の労働時間、残業時間がきちんと記録されているかを確認したうえで、その量を把握しておきましょう。時間外労働が月60時間を超える従業員はいるのか、会社全体でどの程度の時間外労働があるのか、などを確認し、対策を検討・実施しやすい体制を整えておきます。

厚生労働省は労働時間の適切な把握方法のガイドラインを以下のように定めています。

(1) 原則的な方法
・ 使用者が、自ら現認することにより確認すること
・ タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎として確認し、適正に記録すること
(2) やむを得ず自己申告制で労働時間を把握する場合
① 自己申告を行う労働者や、労働時間を管理する者に対しても自己申告制の適正な運用等ガイドラインに基づく措置等について、十分な説明を行うこと
② 自己申告により把握した労働時間と、入退場記録やパソコンの使用時間等から把握した在社時間との間に著しい乖離がある場合には実態調査を実施し、所要の労働時間の補正をすること
③ 使用者は労働者が自己申告できる時間数の上限を設ける等適正な自己申告を阻害する措置を設けてはならないこと。さらに36協定の延長することができる時間数を超えて労働しているにもかかわらず、記録上これを守っているようにすることが、労働者等において慣習的に行われていないか確認すること

引用:https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/0000187488.pdf?_fsi=kKDeY8vj

②就業規則の変更

新たな割増賃金率を就業規則へ反映します。現在、1ヶ月の時間外労働が60時間を超える従業員がいなくても、今後発生する予定がないとしても、記載だけはしておく必要があります。

具体的な記載例は、厚生労働省の「モデル就業規則」も参考にできます。

(割増賃金)
第○条 時間外労働に対する割増賃金は、次の割増賃金率に基づき、次項の計算方法により支給する。
(1)1か月の時間外労働の時間数に応じた割増賃金率は、次のとおりとする。この場合の1か月は毎月○日を起算日とする。
① 時間外労働60時間以下・・・・25%
② 時間外労働60時間超・・・・・50%
(以下、略)

参照:https://www.mhlw.go.jp/content/000930914.pdf

【モデル就業規則】
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/zigyonushi/model/index.html

③給与計算方法の変更

給与計算にツールやソフトウェアを使用している場合は設定を変更、手作業で計算している場合も新たな割増賃金率で間違いなく計算できるよう準備しておきましょう。時間外労働が月60時間を超えそうな従業員が出てきた際に、事前に把握できるような仕組みを作っておくのも良いかもしれません。

④代替休暇制度の検討と運用の準備

あらかじめ労使協定を結んでおくことが必要になりますが、時間外労働が月60時間を超えた労働者に対して、引き上げ分の割増賃金の支払いの代わりに「代替休暇」を与えることもできるようになります。

ただし代替休暇を与えた場合でも、今回の改正による引き上げ分に該当しない従来の時間外労働に対する割増賃金(25%以上)の支払いは必要となります。

参照:https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/kantoku/dl/091214-2_04.pdf

代替休暇の計算方法

代替休暇制度を利用する場合は、前もって労使協定で以下のような算定方法を定めておく必要があります。

代替休暇の時間数=(1ヶ月の時間外労働時間数−60)×換算率
換算率=代替休暇を取得しなかった場合に支払うこととされている割増賃金率−代替休暇を取得した場合に支払うこととされている割増賃金率

例えば
当月の残業時間が80時間
1ヶ月45時間までの時間外労働の割増賃金率を25%
1ヶ月45時間を超える時間外労働の割増賃金率を30%
1ヶ月60時間を超える時間外労働の割増賃金率を50%
代替休暇を取得した場合に(時間外労働60時間を超えた時間へ)支払うこととされている割増賃金率を25%(0.25)
代替休暇を取得しなかった場合に(時間外労働60時間を超えた時間へ)支払うこととされている割増賃金率を50%(0.5)

としている場合

 換算率は0.25、代替休暇の時間数は5時間となります。
0.5-0.25=0.25
(80時間−60時間)×0.25=5時間

代替休暇は労働者の休息機会の確保が目的であるため、時間外労働が60時間を超えた月の末日の翌日から2ヶ月以内に、単位は一日か半日で取得するように定める必要があります。

例えば上記の例で、1月の時間外労働が60時間を超えた場合、代替休暇は3月末までに取得してもらうことになります。また、取得単位が「1日」と定めているのに対し、代替休暇の時間数が1日分に満たない(上記の例では5時間)場合は、代替休暇の取得ではなく50%の割増賃金を支払います。

【労使協定の記載例】
厚生労働省:改正労働基準法のポイント
https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/kantoku/dl/091214-1.pdf

⑤業務効率化の検討

業務マニュアルを作成して業務の標準化を進めたり、業務支援ツールなどを導入したりすることで、時間外労働だけでなく業務1つ1つの作業時間を削減し、社内の業務全体を効率化することができます。ただし初期投資が必要なこと、マニュアル作成やツールに慣れるための時間がかかることは想定しなければなりませんので、できるだけ早めに取り組みを始めましょう。

まとめ

いかがでしたか?

今回の割増賃金率の引き上げは、労働者の健康の保持や、仕事と生活の調和=ワーク・ライフ・バランスの取れた社会を実現することを目的としています。長時間労働による疲労や病気で大切な人材を失ってしまわないように、「働きかた」について改めて考えるきっかけにしてみるのも良いかもしれませんね。

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