近年、Web給与明細や電子タイムカードなど人事労務・HR領域の業務において、ペーパーレス化・電子化が進んできています。規制緩和が遅れ、雇用契約の完全電子化を阻む一因となっていた労働条件通知書についても、2019年4月1日に労働基準法の施行規則が改正され、ついに電子化が可能となりました。
今回は、この労働条件通知書の電子化における注意点やメリットなどを解説していきます。
雇用契約の電子化に関わる法律とは?規制緩和の背景と経緯
2つの書類発行で片方しか電子化できない!?
雇用契約を結ぶ場合、一般的に「雇用契約書」と「労働条件通知書」を作成・交付します。このうち雇用契約書は、民法の第623条に基づいて使用者(企業)と労働者(従業員)の間で雇用契約の内容に合意がされたことを証明するものです。
第六百二十三条 雇用は、当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる。
引用元:【総務省】電子政府の総合窓口 e-gov 民法 第六百二十三条
雇用契約は合意の意思確認ができればたとえ口頭であっても効力が発揮されるため、書面などでの雇用契約書の交付は義務付けられていません。このため、雇用契約書の電子化は従来「可能」とされてきました。
一方、労働条件通知書は、労働者保護の観点から、従来書面での交付が義務付けられてきました。このため、雇用契約書を省略、または電子化していたとしても、労働条件通知書については必ず書面を作成しなければならず、雇用契約を完全に電子化することは実質不可能でした。
最低でも1枚は書面の発行が必要となるため、せめてもの効率化の手段として、労働条件の通知書面に雇用契約の内容も併せて記載し「雇用契約書(兼)労働条件通知書」として交付していた企業も少なくなかったようです。
規制緩和により雇用契約の完全電子化を実現
労働条件は、労働者保護の観点から労働基準法の第十五条にて明示が義務付けられています。
十五条 使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。
引用元:【総務省】電子政府の総合窓口 e-gov 労働基準法 第十五条
明示の方法については、労働基準法の施行規則第五条によって定められています。従来は書面での交付が義務付けられていましたが、利便性の向上のため、冒頭でも紹介した2019年4月1日の施行規則改正によりこの規制が緩和され、労働者が希望した場合にはFAXや電子メールなどでの明示も可能となりました。
第五条 4 法第十五条第一項後段の厚生労働省令で定める方法は、労働者に対する前項に規定する事項が明らかとなる書面の交付とする。ただし、当該労働者が同項に規定する事項が明らかとなる次のいずれかの方法によることを希望した場合には、当該方法とすることができる。
一 ファクシミリを利用してする送信の方法
二 電子メールその他のその受信をする者を特定して情報を伝達するために用いられる電気通信(電気通信事業法(昭和五十九年法律第八十六号)第二条第一号に規定する電気通信をいう。以下この号において「電子メール等」という。)の送信の方法(当該労働者が当該電子メール等の記録を出力することにより書面を作成することができるものに限る。)
引用元:【総務省】電子政府の総合窓口 e-gov 労働基準法施行規則 第五条 第四項
派遣契約の場合に作成・交付する就業条件明示書については、従来電子メールでの交付は可能とされていましたが、労働基準法の施行規則改正と同様に2019年4月1日に派遣法の施行規則も改正され、電子メール以外の方法での電子化も認められました。
第三十四条 派遣元事業主は、労働者派遣をしようとするときは、あらかじめ、当該労働者派遣に係る派遣労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、次に掲げる事項(当該労働者派遣が第四十条の二第一項各号のいずれかに該当する場合にあつては、第三号及び第四号に掲げる事項を除く。)を明示しなければならない。
引用元:【総務省】電子政府の総合窓口 e-gov 労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律 第三十四条
第二十六条 法第三十四条第一項及び第二項の規定による明示は、当該規定により明示すべき事項を次のいずれかの方法により明示することにより行わなければならない。ただし、同条第一項の規定による明示にあつては、労働者派遣の実施について緊急の必要があるためあらかじめこれらの方法によることができない場合において、当該明示すべき事項をあらかじめこれらの方法以外の方法により明示したときは、この限りでない。
一 書面の交付の方法
二 次のいずれかの方法によることを当該派遣労働者が希望した場合における当該方法
イ ファクシミリを利用してする送信の方法
ロ 電子メール等の送信の方法
引用元:【総務省】電子政府の総合窓口 e-gov 労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律施行規則 第二十六条
これらの改正により、実質手渡しまたは郵送に限られていた労働条件通知書の書面での交付義務がなくなり、就業条件明示書の電子化手段の制限も緩和されました。従来電子交付が可能であった雇用契約書とあわせて、雇用契約の完全電子化が可能となったのです。
労働条件通知書を電子化するための要件は?
労働者が希望していること
労働者が希望していることが前提とされているため、労働条件通知書を電子化する場合は労働者本人の意思を確認する必要があります。本人の希望や同意なく、一方的に電子交付することは認められていません。本人が電子化を希望しなかった場合は、従来通り書面で交付することが義務付けられています。
労働者本人のみが確認できる方法であること
労働条件は、労働者本人のみが確認できる状態で明示する必要があります。そのため、EメールやWebメールサービス・SNSメッセンジャーを用いた明示は認められていますが、第三者に閲覧させることを目的としている労働者個人のブログやホームページへの書き込みによる明示は認められていません。
労働者本人が保存・印刷できるものであること
電子メールなどで書面以外の方法で交付した場合でも、労働者本人が出力して書面を作成できるものでなければならない、とされています。このため添付ファイルでの交付が推奨されており、添付ファイルの送受信ができない、またはデータの保存・印刷を想定していないツールを使用した交付はあまり望ましくないと考えられます。
労働条件通知書を電子化する際の注意点
保存や出力をしやすいように配慮する
電子化したら不便になった、と言われるようでは本末転倒ですよね。電子化する際は書面と遜色なく自由に労働条件を確認できるように配慮しなければなりません。特定のデバイスからしか閲覧できなかったり、短期間の期限の制約があるような交付方法は適していないと考えられます。
SNSやSMS(ショートメール)での交付は禁止されているわけではありませんが、普段送信するメッセージのように本文に直接労働条件を記載し内容を細切れにした状態では、労働者が保存や印刷がしづらくなるため、望ましくないとされています。労働条件については本文に直接記載するのではなく、添付ファイルとして送ることで、労働者が印刷・保存しやすくなります。
またSMSは文字数制限があり現状ファイルを添付できないため、避けるべき方法といえるでしょう。
受信と保存ができているか確認する
労働者が交付内容を確認できていないと、後のトラブルの原因になります。例えばメールで送付した場合でも、メールフィルター等の設定により本人の端末で受信できていない可能性も考えられるので、交付日を事前に伝えて受信できなかったら連絡をもらうようにしておくなど、本人の状況を必ず確認することをおすすめします。
またSNS等のサービスによっては、一定の期間や送受信数でファイルが消えてしまったり、保存や出力ができなくなってしまうケースもあるようです。このような方法で交付する場合は、早めに出力して保存しておくよう、声掛けをしておくことが大切です。
日付や担当者名を記載しておく
一般的な契約書等と同様に、日付・発行者など詳細な情報は記載しておきましょう。労働条件通知書の場合は、交付(明示)の日付、送信した担当者の氏名、事業所や法人名、使用者の氏名等を記載することが推奨されています。義務ではありませんが、労働者とのトラブル回避につながります。
雇用契約を電子化するメリット
コスト削減・テレワークの推進
雇用契約を書面で行う場合、印刷や送付、または面談といった対応が必要となり、担当者の出社が必要となることに加えて、用紙・印刷・郵送の経費や書面の保管コストがかかります。しかし電磁的方法で行う場合はファイルを作成し電子メール等で送付するだけなので、印刷などのコストや手間を省くことができ、また場所を選ばずに業務を行えます。
契約更新業務の効率化
アルバイト・パートや派遣社員など有期契約の労働者を多く抱えている企業の場合、契約更新の対応だけでも相当な業務負荷がかかります。このような労働者が多ければ多いほど、雇用契約を電子化することで業務の負担を大幅に減らすことができます。
外部HRテックサービスも活用しよう!
実際に電子化の対応を進めていくにあたり、労働者ひとりひとりに電子メールやSNSでの交付を行うことを考えると、書類より手軽とは言っても手間がかかりますし、送付ミスにも気を付けなければならず、少し怖いですよね。
スマートフォンやPCなど端末を選ばずアクセスでき、労働者がいつでも閲覧・印刷できる仕組みがあれば、メールを一通一通送る必要もなく、安全かつ確実にさらなる効率化を図ることができます。
このようなシステムを自社で開発・維持するのは膨大な人的コストや時間がかかるため、なかなかできることではありませんが、現在は雇用契約を電子化するためのHRテック(HR Tech)サービスも提供されています。運用のコストは発生しますが、自社開発に比べ時間やコストを大幅に省くことができます。
外部HRテックサービスを選ぶ際の注意点
費用対効果
自社で開発するより安価とは言っても、システムの導入・維持にはもちろんコストがかかります。
雇用契約を電子化するための電子契約機能は、サービスによっては付加機能(オプション)の1つとして提供されている場合もあるため、他の機能は使わないのに料金が高い…というようなこともあるかもしれません。せっかく導入するのですから、必要となる機能とサービスを絞り込んだ上で、きちんと費用対効果のシミュレーションをすることをおすすめします。
利便性やセキュリティ対策は十分か
契約書を扱うシステムなので、間違いや改ざんがあっては困りますし、使いづらいと従業員のストレスになるだけでなく、トラブルの原因にもなり得ます。セキュリティ対策が十分に行われているか、使用者と労働者の双方が快適に使うことができるか、事前にしっかり確認しましょう。
労働者の意思確認ができるか
繰り返しになってしまいますが、労働条件通知書の電子化には労働者本人の希望が必須となるため、労働者の意思を確認する必要があります。この確認を書面で行おうとすると結局書類運用が1つ残ってしまいますので、同じシステム内で電子化希望の確認と管理ができれば、手間もかからず、行き違いのトラブル防止にもつながります。
まとめ
いかがでしたか?今回は、雇用契約の完全電子化における注意点やメリットなどを解説しました。
新型コロナウイルス感染症の影響が長期化し、様々な業務の電子化・オンライン化が進むなか、出社が必要になってしまいがちな人事労務領域の業務を見直したい、と考えている企業も多いのではないでしょうか。
雇用契約の完全電子化も、テレワークの推進と定着に大きく貢献できることは間違いありません。この機会に、是非検討してみてはいかがでしょうか。
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