2022年3月31日に職業安定法の一部改正を含む「雇用保険等の一部を改正する法律」が公布され、職業安定法については2022年10月1日より、その改正が施行されます。
今回の改正では求職者が安心して求職活動ができる環境整備とマッチング機能の質の向上が大きなポイントとなっていて、「求人メディア等の届出制の創設」「求人等に関する情報の表示義務の変更」「個人情報の取扱いに関するルールの変更」などが盛り込まれています。
職業安定法は知らずに違反してしまうと罰則の対象になってしまうため、内容はしっかりと把握しておきたいところです。本記事では、改正内容と届出が必要な事例についてまとめました。
参考:厚生労働省『令和4年職業安定法の改正について』
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000172497_00003.html
職業安定法とは?
職業安定法は労働市場でのルールを定めた法律です。主に職業紹介・労働者募集・労働者供給の3つの観点から、労働施策の総合的な推進や、労働者の雇用の安定と職業生活を充実させるための法律が明記されています。
職業の紹介や募集が適正におこなわれることで、求職者が能力に合わせた自由な職業を選択できるように、産業に必要な労働力が供給されるようにし、職業の安定や社会・経済の発展に寄与することが目的だとされています。
参考:e-Gov『職業安定法』
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=322AC0000000141_20221001_504AC0000000012
職業安定法が改正された背景
インターネットの普及に伴って、近年では雇用仲介事業者(求人メディア)にもSNSやアグリゲーションサイト(複数の求人情報サイトから情報を集めるいわゆる“まとめサイト”)といった新たな様式のものが生まれ、普及してきました。また、少子高齢化による就業構造の変化や、働き方に対する意識の多様化、新型コロナウイルスの影響で人材移動の必要性が高まっていること、さらに今後も人手不足の進展が予想されることから、行政の職業安定機関と民間の雇用仲介事業者が適切に連携し、労働市場の需給調整機能を高めていくことが求められています。
これを踏まえて、新たなスタイルの雇用仲介事業者も「労働市場の需給調整機能の一翼である」と正式に位置づけたうえで、求職者が安心してサービスを利用できるように事業者のルールを明確化し、公正、適正かつ効率的なマッチングを実現することを目的に、今回の改正が施行されることとなりました。
参考:労働力需給制度部会報告書
https://www.mhlw.go.jp/content/11601000/000863799.pdf
職業安定法の改正内容
参考:厚生労働省『職業安定法 改正のポイント』
https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/000983824.pdf
求人メディア等の届出制の創設
募集情報等提供事業者に該当するサービスの拡大
これまでは、古くからある求人メディアや求人情報誌を提供する事業者を「募集情報等提供事業者」としてきましたが、今回の改正でその範囲が拡大されます。
新たに「募集情報等提供事業」とされるサービス |
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■求人情報・求職者情報を収集(クローリング)して提供するサービス ■職業紹介事業者や他の募集情報等提供事業者から求人情報・求職者情報の提供依頼を受けたり、情報提供先に提供するサービス |
これにより、単純に求人情報を表示しているだけのウェブサイト、複数の求人サイトから情報を集める“まとめサイト”も募集情報等提供事業者とみなされるようになります。知り合いの求人情報を自社サイトで紹介しているような場合もこれにあたる可能性がありますので、注意が必要です。
また利用者の選択のために、後ほど紹介する「的確な表示」に関する事項や、個人情報の保護、苦情の処理に関する事項等の事業情報をインターネット等で公開することも、募集情報等提供事業者の新たな努力義務として定められました。
加えて、求人企業や求職者からの苦情を適切・迅速に処理するための苦情処理体制の整備は義務化されるため、電話番号・メールアドレス・問合せフォームといった苦情申出先や相談窓口を、利用者にわかりやすい形で周知しなければならなくなります。
特定募集情報等提供事業者の届出制の創設
労働者になろうとする者(求職者)に関する氏名等の個人を特定できる情報や、メールアドレス・経歴・サイト閲覧履歴を収集する募集情報等提供事業者は「特定募集情報等提供事業者」となり、事業の届出と、年に1度の事業概要の報告が必要となります。2022年10月1日の時点で該当する事業をおこなっている場合は、2022年12月31日までに届け出る必要があります。
届出は「e-Gov電子申請」での電子申請で受け付ける予定とされていますので、該当する場合は確認しておきましょう。
特定募集情報等提供事業に関する届出書等 記載要領
https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/000987856.pdf
・サービス利用に会員登録が必要
・求職者用のメールマガジンを配信している
・サイト閲覧履歴に基づいておすすめの求人情報を表示している
・求職者情報を求人企業に提供している
求人等に関する表示義務の変更
求人等に関する情報(下記5項目)について、虚偽の表示・誤解を生じさせる表示は禁止とされ、的確な表示が義務付けられます。
また求人情報・求職者情報については「変更があれば速やかに連絡・対応する」「いつの時点の情報なのかを明らかにする」など正確かつ最新の内容に保つ、または保つ措置を講じることが義務として求められます。
・求人情報
・求職者情報
・求人企業に関する情報
・自社に関する情報
・事業の実績に関する情報
<対象の広告・連絡手段>
新聞・雑誌・その他の刊行物に掲載する広告、文書の掲出・頒布、書面、ファックス、 ウェブサイト、電子メール・メッセージアプリ・アプリ等、 放送(テレビ・ラジオ等)、オンデマンド放送等
<誤解を生じさせる表示をしないための注意点例>
業務内容 | 職種や業種について、実際の業務の内容と著しく乖離する名称を用いてはなりません。 × 営業職中心の業務を「事務職」と表示する × 契約社員の募集を「試用期間中は契約社員」など、正社員の募集であるかのように表示する × フリーランス(委託)の募集と雇用契約の募集を混同する |
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賃金 | 固定残業代を採用する場合に、基礎となる労働時間数等を明示せず、基本給に含めて表示してはなりません。 ×【月給】32万円 ○【基本給】25万円 【固定残業代】7万円 ※時間外労働の有無に関わらず、15時間分支給。15時間を超える時間外労働分についての割増賃金は追加で支給します。 |
モデル収入例を、必ず支払われる基本給のように表示してはなりません。 ×【給与】400万円~【モデル給与】1000万円~ (社内で特に給与が高い労働者の給与をすべての労働者の給与であるかのように例示) ○【給与】400万円~600万円 ○【給与】400万円~600万円 【モデル給与】555万円 (同職種社員の給与の平均を例示) | |
募集者の氏名 または名称 | 優れた実績を持つグループ会社の情報を大きく記載する等、求人企業とグループ企業が混同されるような表示をしてはなりません。 × A社のグループ会社B社の求人を、「A社は高度なITエンジニアのスキルを持った方を必要としています。」と表示 |
<虚偽の表示の禁止例>
・実際に募集をおこなう企業と別の企業の名前で求人を掲載する。 ・「正社員」と謳いながら、実際には「アルバイト・パート」の求人であった。 ・実際の賃金よりも高額な賃金の求人を掲載する。 |
完全に事実と異なる内容の掲載はしていなかったとしても、少し紛らわしい、程度の表現は何気なく使ってしまっているかもしれません。今後はより正確な情報の掲載が求められますので、事実を率直に伝えたうえで「ここで働きたい!」と思ってもらえるよう、環境の整備を考えるきっかけにしてみてはいかがでしょうか?
求人企業の義務
新たな労働力を必要として求人情報を掲載している求人企業には、求人情報と自社に関する情報について、的確な表示が求められます。
求人情報を掲載してくれている求人メディア(職業紹介事業者や募集情報等提供事業者)側にも正確・最新の情報を保つ義務がありますので、今後は従来よりも確認の連絡が増えるかもしれません。最新の状況を把握し、速やかに対応できるように準備しておきましょう。
職業紹介事業者・募集情報等提供事業者の義務
求人情報を掲載し応募を仲介する職業紹介事業者・募集情報等提供事業者は、求人企業・求人情報・求職者すべての情報を取り扱うことになりますので、求人情報・求職者情報・求人企業に関する情報・自社に関する情報・事業の実績に関する情報・求職者情報の5項目全てについて、的確な表示が求められます。
求人情報・求職者情報については、提供中止や訂正依頼があれば速やかに対応しなければならないのはもちろん、掲載している情報に間違いがないかを主体的に確認したり、情報の時点を明示する必要があります。
事業の実績に関する情報についても、“水増し表示”などしてはいけない表示例が取り上げられていますので確認しておきましょう。
・実際の取扱い求人件数が1,000件程度のところを、10,000件と表示する。
・まったく根拠なく顧客満足度が高い旨を表示する。
・さまざまな仮定を置いた上で就職決定率を算出・表示する一方で、その仮定を表示していない、非常に見えにくい状態にしている。
個人情報取扱いに関する変更
大前提として、新たに募集情報等提供事業者や特定募集情報等提供事業者に該当することになった場合は、職業安定法の個人情報に関する規定に則って個人情報を取扱うことが求められるようになります。「業務の目的の達成に必要な範囲内での収集・使用・保管」など厳密なルールがありますので、内容は必ず確認しておきましょう。
参考リンク:https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/000983825.pdf
今回の改正では、個人情報を収集・使用・保管する業務の目的をより具体的に明示することが求められるようになりました。求職者が「一般的かつ合理的に想定できる程度に」具体的にし、求職者が納得した上でサービスを選択・利用できるようにします。
「職業紹介のために使用します」
「募集情報等提供のために使用します」
「求人情報に関するメールマガジンを配信するために利用します」
「会員登録時に入力いただいた情報を、当社の会員企業に提供します」
職業安定法に関する罰則規定
第六十三条 | ■暴行や脅迫などによる労働者の募集・供給 ■公衆衛生・公衆道徳上有害な業務につかせる目的での労働者の募集・共有 など |
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1年以上10年以下の懲役または20万円以上300万円以下の罰金 | |
第六十四条 | ■虚偽・不正行為により有料・無料職業紹介事業許可を受けた場合 ■事業廃止命令に違反した場合 ■名義を貸して有料職業紹介事業をおこなわせた場合 など |
1年以下の懲役または100万円以下の罰金 | |
第六十五条 | ■虚偽の広告、虚偽の条件を提示して募集、募集情報等提供をおこなった場合 ■有料紹介事業者が不当な報酬を得た場合 ■届出をせずに無料職業紹介事業をおこなった場合 ■届出をせずに特定募集情報等提供事業をおこなった場合 など |
6か月以下の懲役または30万円以下の罰金 | |
第六十六条 | ■業務上知り得た人の秘密を漏らした場合 ■有料職業紹介事業の申請で虚偽の記載をおこなった場合 ■理由なく報告を怠った場合 ■虚偽の報告をおこなった場合 など |
30万円以下の罰金 |
上記のほか、今回取り上げた「的確な表示」など募集情報等提供に関連して法に違反した場合、一般的にはまず是正指導がおこなわれ、従わない場合など悪質なケースについては改善命令や事業停止命令などの行政処分がおこなわれることになります。
改正を知らずに特定募集情報等事業者の届出をしていない場合も罰則の対象となりますので、前もってしっかり確認しておきましょう。
まとめ
いかがでしたか?
今回の改正は求職者が正確な情報を手にしやすくするための内容になっていますが、労働者を必要としている企業にとっても、公正なマッチングがおこなわれやすい労働市場になることは望ましいことといえます。現在掲載している求人情報があれば、内容や更新体制について今一度見直しをおこない、早いうちから改正に備えておきましょう。