先日、日本政府が2021年の春に給与のデジタル払いを解禁する方針である、との報道がありました。
2019年12月に行われた国家戦略特区諮問会議では、2020年度内の「デジタルマネーによる給与支払い」の実現が「重点的に進めるべき事項」とされていましたが、新型コロナウイルス感染症の対応もあってか、2020年中には実現されませんでした。
給与のデジタル払いを2021年春に解禁することは、そもそも実現可能なのでしょうか?今ある課題と政府の方針をまとめました。
1.省令の改正に関する課題
給与の支払いは、労働基準法 第24条の「賃金支払いの5原則」によって、通貨(現金)での直接全額支払い、が義務付けられています。口座振込での支払いは労働基準法施行規則 第7条の2 第1項によって、例外として認められています。
(1)通貨で、(2)直接労働者に、(3)全額を、(4)毎月1回以上、(5)一定の期日を定めて支払わなければならない
引用元:【厚生労働省】賃金の支払方法に関する法律上の定めについて教えて下さい。
第七条の二 使用者は、労働者の同意を得た場合には、賃金の支払について次の方法によることができる。
引用元:【総務省】電子政府の総合窓口 e-gov 労働基準法施行規則 第七条の二 第一項
一 当該労働者が指定する銀行その他の金融機関に対する当該労働者の預金又は貯金への振込み
現状では通貨・口座振込以外での給与支払いは認められていないため、2021年春に給与のデジタル払いを実現するためにはまず、口座振込以外の方法も認められるよう、省令を改正する必要があります。
2.現金化・利便性に関する課題
現在、デジタルマネーやキャッシュレス決済サービスには非常に多くの種類があり、サービスによって利用できる場所がバラバラな状況です。キャッシュレス決済を導入していない商店・サービスも少なくないので、「どうしても現金が必要」となる場面は、限られているとはいえまだまだ考えられるでしょう。
現金が必要となった際に、デジタル払いされた給与の現金化に必ず手数料がかかるようでは「全額払い」「通貨払い」等の給与に対する考え方に沿わない、という懸念があります。銀行口座を用意するのが困難な労働者がいたとして、デジタルマネーでの給与受取が他の方法に比べて明らかに不利となることは避けるべきと考えられます、
現時点では、「月に1回は無料で現金化できる」等の対応ができる決済サービスを解禁の対象とする、といった案が検討されているようです。
3.資金保全における課題
まず、給与受取を提供する資金移動業者(サービス事業者)が破綻した場合の対応について、十分な制度策定が必要と考えられます。現状では資金移動業者(サービス事業者)が破綻した場合、供託金の払戻しにはある程度の時間がかかることが想定されます。もし自分が給与受取に使用していた事業者が破綻したとして、一定期間給与を使えなくなってしまっては、生活に支障が出てしまいますよね。
また、現状のキャッシュレス決済サービスは、チャージされた金額は全額使用されることを前提としていますが、給与受取に使用される場合、その前提は当てはまらなくなります。利用者が資金移動を行わない限り、未使用分はデジタルマネーのまま貯まっていくことになるからです。この貯まっていく資金の保全という点において、安全性の確保ができるのかも課題となっています。
さらに、キャッシュレス決済サービスの場合はスマートフォンのアプリでアカウントを管理する場合が多いため、スマートフォンを紛失した場合の対応方法も考えなくてはなりません。銀行のキャッシュカードを紛失したのであれば、銀行の窓口に行き、本人確認を行うことで、必要な金額を引き出すことができますが、スマートフォンを紛失してしまった場合、携帯電話のショップは町中で見つけられても、決済サービス事業者の窓口はまず見当たらないでしょう。このような状況で必要な金額を得るにはどうすれば良いのか、対応策を検討する必要があります。
現時点では詳細は明らかになっていませんが、資金保全に関しては一定の基準を設け、基準を満たす事業者・決済サービスに対してのみ給与の取扱いを解禁する方針のようです。
4.個人情報保護に関する課題
現状のキャッシュレス決済サービスには、利便性を優先するため、本人確認が比較的簡単になっているものも見受けられますが、給与の支払・受取に使うなるとそうはいきません。給与の金額や使い道といった大変デリケートな情報が扱われるため、個人情報の保護や本人確認がどれだけ確実に行われるのかも重要になり、また利用者本人の同意なく情報の流用が行われないよう、管理を厳重にする必要があります。
厳格な本人確認が必要不可欠となるため、ログインの際は一般的なID・パスワード等に加え、ワンタイムパスワードや公的個人認証(マイナンバーカードの電子証明書)等による認証といった、複数の要素を組み合わせた多要素認証を導入するべきと議論されています。
参考:【厚生労働省】労働政策審議会 (労働条件分科会) 資料・議事録
まとめ
いかがでしたか?今回は、給与のデジタル払いの実現に向けた課題と、政府の方針をまとめました。
今春の実現を目指す、とされてはいるものの、4月に解禁するとして残された時間は2ヶ月弱、それまでに解決しなくてはならない課題はまだまだ多く残っている印象です。方針は決まっていても、詳細が明確に決まっていない部分も多いため、また新しい内容が発表されましたら、当ブログでも随時取り上げていきます。